~総論~
・スモールマウスバス【ノーザンスモールマウスバス(Northern smallmouth bass)】について
・形態:成魚の体長は30-50cm。記録されている最大個体は69cm。断面は側偏し、亜成魚以上の個体は頭部後方から第一背鰭前方にかけ、背面が盛り上がる。
体色は背から体側にかけて茶銅色、腹面はやや褐色がかった白銀色を示す。
危険を感じたり捕食行動をとったりする際、また夜間休息中には、体側に顕著な虎縞状の模様が現れる。多くの個体で上顎の後端は目より後ろには達しない。
・日本産コクチバスの遺伝的知見
mtDNAハプロタイプの分析によると、原産国のアメリカ合衆国エリー湖の個体を対象とした調査では、112個体から8種類のハプロタイプを確認しているが、日本国内における遺伝的多様性は低く 208個体から o, n, p の3種類しか得られなかった。
日本国内での分布には地域による偏りがあり、福島県檜原湖では n , p が確認され、長野県以西では、 p または n のどちらかが優占する傾向がある。
従って、日本国内へは、遺伝的多様性の低い同一の原産地から1回或いは数回の移入で、2種類のハプロタイプが維持できる十分な個体数が福島県及び長野県に最初に密放流された後、各地に組織的な放流で広まった事が遺伝的な解析からも示唆される。
・繁殖行動
コクチバスは雄が産卵床を形成し、卵がふ化し、仔魚に遊泳力が付くまで雄が守る繁殖生態を持つ。
秋元湖における調査において、本種は原産地と同様に水温が13~20℃になる4~6月にかけて一般的に繁殖行動を行う。
繁殖行動は、コクチバスでは大型の個体から順次繁殖に参加することが知られている。
また10月以降の雌雄においても雌雄の生殖腺の発達度が高くなることが分かっている。
産卵床を形成する場所には本種は特異性があり、底質ならびにカバーの有無に対して選択性を有することが明らかとなっている。
秋元湖の調査では、産卵床は底質が砂礫で、水深1m前後の場所に形成されるが、岩や沈んだ木など障害物の脇に形成されることが多く、コンクリートブロックを設置することで産卵床を形成する性質を認めた。
また、宮城県の吉田川水系七つ森湖において、オオクチバス、コクチバスの生息実態調査を行った結果、オオクチバスが上流域のやや浅い場所に多く分布しているのに対し、コクチバスは下流の急深部に多く分布していた。繁殖調査を実施したところ、オオクチバスは、ヨシやヤナギの生える浅瀬の固い土の上に産卵床を形成するのに対し、コクチバスはやや深めの人工的に礫が散布された開放的な場所に産卵床を形成していた。
長野県の仁科三湖におけるコクチバスの産卵床は、水深40㎝~170㎝の砂礫底に形成され、その大きさは概ね60×60㎝を基本とした円形または楕円形であった。産卵床は水温15~16℃になると形成された。
・季節と行動
① 5~6月:ターンオーバーが収まり表面水温が10℃程度になると、越冬場所を離れて徐々に浅場へ移動を開始する。表面水温が15℃を越える5月下旬から産卵のため水深1~2mの浅場にも姿を現すようになる。(ほとんどがオス)メスはその浅場よりもやや深めの場所におり、オスが産卵床を作り終える15~16℃以降に浅場へ来るようになる。ただし、天候によって表面水温が激しく変動するこの時期は深場へ一旦戻ることもあり、その行動は安定しない。
② 6~7月:6月下旬には産卵も終わり、浅場に孵化した仔魚(全長15mm程度の真っ黒い魚)が群れる頃、オスは育児を終了し、水深3~4mの場所に移動する。ただし、青木湖の調査にて 超音波発信器による追跡調査ではコクチバスは、水深10ⅿ以浅にいる時間が多く、6~8月に一部の個体が水深15ⅿ程度の深場に移動した。また初夏には浅場を利用し晩夏に一部の個体が深い場所を利用するという既往の報告もある。
③ 8月:表面水温が25℃を越えるようになると小型の魚以外は浅場から姿を消す。適水温(16~23℃)と考えられる場所に移動する。または、餌となるワカサギ当歳魚の群れを求めて水深5~10mの範囲を広く移動していると考えられる。
④ 9月以降:多くの魚が深場で過ごす傾向は秋にかけても続き、水温が20℃前後となるこの時期、バスの居場所は餌となるワカサギの行動に大きく左右される。浅場に広く分布していた小型魚も水温の低下に伴い群れで行動するようになり、ターンオーバーを境にして浅場からは完全に姿を消す。しかし大型個体の一部はターンオーバー後に浅場へ残る個体も存在する。
・季節毎の主な餌料
スモールはその置かれた環境によって餌料の重要度を変化することが知られている。
裏磐梯(桧原湖、小野川湖など)では主にワカサギ、スジエビ、そして昆虫類を捕食している。
全体的な月を通してスジエビを食べており、10月はより顕著である。8, 9月はワカサギを食するとともに底生性魚類のヨシノボリも捕食している。
昆虫類で特筆すべきなのは8月にアリなどの小さい陸生昆虫を多く捕食している点である。
裏磐梯(秋元湖)におけるスモールマウスバスの生態と食性
福島内水産試験場報告(2005)
・秋元湖における胃内容物組成
餌料重要度指数をみると、カゲロウ類、トンボ類の幼虫をはじめとする水生昆虫類が期間を通じてきわめて高い値で推移した。特にカゲロウ類は5、6月に高い値を示した。査定された種にはモンカゲロウなどが多く含まれていたが、この種はこの時期に水面で孵化するため捕食されやすいと考えられる。
魚類、陸生昆虫も水生昆虫類に次いで期間を通じ出現し、重要な餌料生物であったが、これらについてはその種組成などに季節性が認められた。魚類についてはオイカワが期間を通じて出現し(特に7, 8月)、5月にワカサギ、7月以降、特に9月にコクチバスの重要度が高い値を示した。5月にワカサギは産卵期にあたり、産卵群の接岸による捕食機会の増加や産卵後の衰弱個体が主に捕食されていた。また、陸生昆虫は7, 8月に特に高い値で種数も増える傾向が認められた。興味深いのは膜翅目(ハチ・アリ科)が多く捕食されていることである。
・河川(桧原湖流入河川、秋元湖流入河川)におけるコクチバスの食性
胃内容物から査定された生物種として、魚類、水生昆虫、陸生昆虫、両生類など多岐にわたって捕食されていたが、魚類はイワナ、ヤマメ、カジカなどの渓流魚、水生昆虫類においてもヒラタカゲロウ類やマダラカゲロウ類などが出現しており河川の生物相をよく反映していた。餌料生物の重要度をみると、魚類が極めて高く、ついで水生昆虫であった。魚類においてはカジカ、ヤマメが特に重要な餌料生物であることが示された。
・体長による餌料生物の変化
体長が増加するにつれて、餌料生物に軽度な変化が認められ、22.5-27.4cmを超えてくると水生昆虫、陸生昆虫から魚類を主な餌料として捕食するようになるようだ。
・まとめ
秋元湖においてコクチバスは水生昆虫を主要な餌料生物にしており、魚類や陸生昆虫類など副次的な餌料生物には季節性が認められた。秋元湖におけるスモールマウスバスの食性は魚食性について消極的な結果にみえる。しかしその近傍の湖沼流入河川においては著しく魚類に偏った食性を示していた。秋元湖においては過去に行われた魚類相調査結果との比較ではコイ科魚類の著しい減少とオイカワ、コクチバスなど移入種の増加など、魚類相の変化が認められた。魚食性が消極的であるというよりは、飼料環境に応じた適応性の高さを示すと思われる。
長野県青木湖、野尻湖におけるコクチバスの食性
魚類学会:中央水産研究所(2003)
・青木湖・野尻湖の胃内容物の結果
青木湖(368個体)、野尻湖(128個体)の胃内容物の結果から、胃内容物は遊泳性魚類、底生性魚類、甲殻類、陸生昆虫、水生昆虫と大別された。
青木湖ではこのうち底生性魚類と甲殻類は胃内容物中に全く出現せず、ワカサギとウグイを中心とする遊泳性魚類の餌料重要度が高く、その他陸生昆虫と水生昆虫が捕食さ得rていた。陸生昆虫は主に6,7,8月に出現しカメムシ目(セミ科)とハチ目(ハチ亜目)が比較的重要な餌料となっていた。水生昆虫は4,5月に多く出現しカワゲラ目やアミメカゲロウ目(センブリ科)、トンボ目(トンボ亜目)←(ヤゴ)が比較的高い餌料重要度を示した。
捕食されていたワカサギの体長範囲は33-95mm(平均50-60mm)ウグイの体長範囲は29-135mm(平均50-80mm)であった。
野尻湖では遊泳性魚類、底生性魚類、甲殻類、陸生昆虫、水生昆虫が胃内容物として出現した。このうち甲殻類が最も重要な餌料であると考えられ、テナガエビなどのエビ類が高い餌料重要度を示した。このほか遊泳性のワカサギや、底生性のトウヨシノボリなどの魚類も高い餌料重要度を示した。
特に餌料重量比でみるとワカサギはエビ類よりもはるかに高い値を示し、トウヨシノボリもテナガエビと同等の重量比であった。陸生昆虫ではカメムシ目(セミ科)が8月に出現し、水生昆虫ではハエ目(ユスリカ科)が6, 8, 10月に出現して他の昆虫類よりやや高い餌料重要度を示したが、全体的に昆虫類の餌料重要度は低かった。捕食されていたワカサギの体長範囲は27-85mm(平均40-60mm)、トウヨシノボリの体長範囲は13.1-30mm(平均20mm)、テナガエビの体長範囲は10-43mm(平均15-20mm)であった。
・体長による餌料生物の変化
コクチバスは青木湖では成長にともなって水生昆虫からウグイやワカサギおよび陸生昆虫に主餌料が移行し、野尻湖では底生性魚類から遊泳性魚類に主餌料が移行する傾向がみとめられた。20cm前後のコクチバスが小型で遊泳力が弱く底生性のものを好む傾向があるようだ。
大型のコクチバスが遊泳性魚類を捕食する傾向は両湖で共通していた。
・まとめ
両湖における胃内容物組成の季節変化では青木湖では各採集月を通して遊泳性魚類が高い値を示し、水生昆虫は4, 5月に高い値を示した。一方、野尻湖では遊泳性魚類は6, 10月に高い餌料重要度を示し、底生性魚類は8, 10月に出現した。甲殻類は各採集月を通して高い餌料重要度を維持したが、特に10, 12月に高い値を示した。陸生昆虫と水生昆虫はそれぞれ8, 6月に高い値を示した。
青木湖ではバスの体長が大きくなるにつれて、水生昆虫を捕食する傾向が弱くなり、他の餌料を多く捕食するようになった。野尻湖では体長の増加と共に餌料が底生性魚類から遊泳性魚類へ変化する傾向が認められた。
両湖ともにワカサギはバスの重要な餌料と考えられたが、7, 8月にはほとんど捕食されていない。体長組成から4~6月に捕食されていたワカサギは1才魚(50-60mm)、9~11月に捕食されていたワカサギは当才魚(30mm程度)と考えられ、7~8月には世代交代のため湖内に少ないことが考えられる。また、陸生昆虫は6~8月に高い餌料重要度を示したが、これは湖面に落下したセミ類と羽アリがその中心となっている。原産地のコクチバスの食性はその生息環境によって変化に富むことが知られている。